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2012年5月

2012年5月21日 (月)

キャンプ&日食、または寝不足の日々

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週末と本日のことなど。

土曜日は長野でキャンプ。
実は先週は寝不足続き、木曜の夜は台風の様な状態だし、金曜日は帰宅してから準備。土曜日は5時過ぎには起きなければいけない。無事出られるか!と危惧しましたが、何とか起きられ、6時過ぎに家を出る。無事、8時ちょうどのあずさ5号に乗れました。

駅について、駅前の農家直送の野菜をちょっと買ったり。時間を間違えていた友人Jと何とか落ち合い、友人Mとその彼のTさんとも会えて、買い物と軽い昼食を済ませ、キャンプ場へ向かいます。

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キャンプ場はいつものおんたけ銀河村。いつもながら、荷車で運びます。
何か乗ってる気がするのは気のせいです。

2年前にやった時は到着が夕方遅めになったのですが、今回は15時過ぎ。順調順調。
その後、野菜を切って、バーベキューです。
Tさんが美味しいお肉を調達してくれ、柔らかいカルビなど沢山頂きました!

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たっぷり食べて、沢山飲んで、バンガローにて就寝。写真は寝る準備中です。

翌日、おんたけの山麓から降りて木曽の道の駅にてみんなで昼食。そのまま帰宅することになったMさん達と別れ、Jさんと温泉へ。
前回見かけた二本木温泉へ行きました。

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これは温泉側で咲いていた花。なんか、紅白の花が咲いている。梅っぽいけど、この季節?しかも1本の木に紅白。同じ枝に両方咲いているのもあり、挿し木でもない模様。不思議。
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温泉から少し走ったところにある唐沢の滝にも行きました。

その後にバスにて帰宅。翌日は休みだしいいやって思ってバスにしたが、混んでいた。1時間の遅れで8時半位に新宿到着。食事をして帰宅しました。

宿泊したバンガローにはTVはないし、楽しく食事して、そのままくたっと就寝、ネットも全然見ておらず、落ち着いて携帯を開いたのはバスでしばらく寝た後。その時、前日に千葉で断水騒ぎがあったのを知る。うちの地域も断水対象だったのか。
再開はしているようだが、なんか心配。一応、非常用にミネラルウォーターがあるので、飲み水は当面大丈夫だが、やはりドキドキしながら帰宅。
おお、水は問題ない。断水の後の様に詰まったような感じで出たり、にごり水だったりもない。実際、断水だったのかはわからず。まあ、無事過ごせそうで良かったことだ。

さて、昨晩は一応は早めに寝たが、今朝は6時起き。
金環日食です。6時過ぎの時点では八千代は良い天気。日食グラスを通して欠けていく太陽が見えていました。
良かったとかしばらくネットを見たりしていて、ふと気づくと・・・曇っている!
家の窓からは太陽が上がってくると見えづらいこともあり、自転車でブラブラ出かけることにする。段々、リングの時間が近づくー!雲、移動して欲しい。
時々雲が薄い部分では太陽が見え、しかも雲のフィルターを通して、真昼の月のような白くて欠けた太陽が肉眼で見える。
新川サイクリングロードを走ったのですが、所々の広くなったところではカメラを構えてる人も結構居る。多分、みんなの願いはひとつだ!

金環になる時間、やはりまだ雲に覆われていたけれど、一瞬白い輪が見えた!それだけでも感動!
自転車を止めて見ていた時、ウォーキング中のおじさんが「さっき、ちょっと見えたよな?」「うんうん、見えました!」って話して。
おじさんはそのまま歩いて行き、少し距離が離れた辺りでまた雲がちょっと切れた。
お互い、「おお、見えたよ」「おお、見えましたっ!」と叫びあって感動を分かち合ったのでした。

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カメラ用のフィルターは用意していませんでしたが、曇りなので直接撮れた写真(フィルターをすると見えない)。
だいぶトリミングしております。
実はカメラ用のフィルターないから駄目だと思っていたのに、外に出たら雲のフィルターで目視出来て「あっ、これなら撮れるじゃん」って急いでカメラ準備。
なので、もっと大きなサイズで撮れば良かったとか後から思ったのですが、この時はあまり頭が廻ってなかったのでした。

しかし、金環食ってより、白環食・・・(笑)

自転車でブラブラ走って行ってしまったので、マックで朝ご飯食べたりしてから帰宅。
その途中で、カワイコちゃんにも会いました。

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しゃがむと近づいて来ちゃう、やんちゃなサバ。

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大人しい茶トラに離れて見てるシャイな黒。

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三毛と白茶。三毛は可愛いのに、写真向けると怖い顔だよ~(笑)
結構この子も懐っこかったんだけどね。
野良にしては綺麗な子達と思ったら、どうも河原で暮らす方が育ててるぽい。
「こらっ!出てっちゃ駄目だって!」って怒鳴りながら草むらからガサガサおじさんが出てきてびっくりしたー!
でも、かなりみんな人懐こいので、大事に育てられてるんだろうなぁ。
だよね、出てったら誰かにお持ち帰りされちゃうかもだもんねぇ。

さて、帰宅して、午後は寝ました。
ずっとずっと寝不足だったので、やっと解消ー!さて、明日は遅番ですが、程ほどの時間には寝なきゃね。

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2012年5月13日 (日)

秋葉原の過去を巡る探検

 

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昨日の12日土曜日、ARTS FIELD TOKYOで開催されたまち歩きワークショップ『見えないアキハバラを歩く』に参加いたしました。

秋葉原は今のサブカル系の街になる前、純粋に電気街だった頃の方が自分の記憶では長いし、その頃に駅の窓から見えていた裏の空き地(市場跡?)とか色々気になってたことがあった。でも気づいたら(実家からは総武線に乗ることも多かったけれど、家を出て東西線沿線になってしまった、そしてしばらく東京も離れた)、現在の状態。
昔からの変遷とか興味があったのです。

さて、昼過ぎに会場の3331 Arts Chiyodaに到着。
あっ、『大友克洋GENGA展』って見に行った方の感想とか色々聞いて、開催しているのは知っていたのだが、ここでだったのか?
あまりにも迂闊(笑)

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それはそれとして、B1の教室にてレクチャーからスタートです。
講師は江戸東京のまちづくりの歴史を研究している小藤田正夫さん。

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これは、神田明神の氏子崇敬城町割りの地図。このお話はとても面白かった。
地図内に白い部分は同じ地域内なのに氏神様は別とか。
町ごとどこかから移転してきたり、移転して行ったり。でもその町の氏神様は変わらない。
だから、神田明神の近くに住んでいても、氏神様は移転前の遠くだったり、移転した先から神田のお祭りに来たりってことがあるらしいです。
ちなみに私は江戸で言えば深川と言われる地域の生まれ。
氏神様は深川八幡宮にあたる地域で、神田明神とは隣接する地域。
地図の右の川が隅田川で、右下の橋が清洲橋。その川向こうが深川なのだけど、地図で橋がある左下の白い部分は深川八幡の氏子に当るのです。だから本祭りのお神輿(氏子となっている地域を練り歩く)は清洲橋を渡るのですが、渡ったすぐは氏子さんの地域ではないのだ。お神輿はそのあと左へ曲がって進む。その向こうは神田明神の地域だったのか。
深川に関しても、詳しい変遷とか知りたくなりました。

他にも、江戸の街づくりとか、秋葉原の誕生(実際には秋葉原という地名はなかった)とか、色々興味深いお話満載です。

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さてさて、あっという間のレクチャーの後は、実際に街を歩きます。3331前の公園に準備して集合!

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秋葉原の街中、大通りから路地へ、進んで行きます。ゾロゾロゾロゾロ・・・(笑)

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さてっ、この路地は!

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この奥に、知る人ぞ知る、花房神社が有りました。

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出てきたとこの路地は、こんなに狭いのだよー(笑)
子供の頃、こんな路地を歩き回って遊んだよな。

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そのビルの前の角のところ。江戸時代には広場になっていて、情報屋が座っていた。

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秋葉原のホームは二段構造。奥に高い方のホーム部分がちょっと見えてます。
これは創業当時からで、総武線のホームの位置はかなり高い。昔は荷揚げは吊り上げて、荷下ろしは滑り台があったとか。

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昔は市場だった。

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現在は駐車場。ここでお話を聴いたりします。

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市場の名残だ。

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昔のお店が並ぶ街は東西に伸びる道なら南側、間口は北側で日が入らないように。南北の道沿いなら西側、西日が入らないように。商品に日が当らないのが基本。
神保町とか浅草の仏壇のお店とか、そうした話は昔にも誰かから聞いたことがあった。
ヨドバシカメラは典型的な、それを踏襲したお店。

この辺り、過去に何度も大火の原因となっており、明治初期に焼け跡が火除地となった。そして鎮火の社が出来たのが遠州秋葉山の神を勧請したと勘違いされ(実際には違った)、「あきはのはら:アキハハラ」と呼ばれたのが、「アキハバラ」の名前の由来。
でもそれは実際の地名ではないので、火除地だったここの住所は、その後に神田花岡町に戻った。
ヨドバシが出来た時、実際に住所をまた秋葉原に戻せないかって話が有ったらしい。しかし、実際に現在も秋葉原という地名はあるが、それは台東区の部分。ヨドバシがある神田花岡町は千代田区で、秋葉原の住所には結局出来なかった。なのでヨドバシマルチメディアAKIBAの住所は秋葉原ではないわけです。

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昔は堀があった部分。向こうから写真を撮っているのは、今回のこのワークショップを取材されてる方です。

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さっきの写真の後ろはこう。

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橋の名残です。

そして、秋葉原のディープな部分に入っていく。ラジオデパート。

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ぐるっと中を歩きました。

そして、粋な黒塀のお店。

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写真でも分かる通り、秋葉原のかなりディープなゾーンに唐突に有ります。
うーん、営業中に来てみたい!

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お店から通りに出ると、こんな感じです。うーん、現代の秋葉原だ。

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講武稲荷。昔はこの近くに花街があったらしい。

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総武線の高架。左手正面に橋があり、高架は河を斜めに渡ります。
これは珍しいらしい。鉄橋の距離が長くなるし…ということらしい。なるほど。

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昔、伊勢丹があった場所。昔、ここに伊勢丹発祥の地の碑があったはずなのに・・・・・・、なくなっていた。
講師の小藤田さんも知らなかったようで、びっくりしておりました。

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割烹。これが所謂、「粋な黒塀 見越しの松」のある建物です。

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そうやってぞろぞろぐるっと廻って、そろそろ終着の神田明神です。

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着いた!
実は私は神田明神は初めてなのだな。

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神田明神はお祭り中。今年は裏祭りなので、お神輿は出ないとのこと。

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敷地内には銭形平次の碑やお稲荷さんとか、色々あります。お稲荷さんは鰹節類卸商の物。ふきこが参りたいに違いない(笑)

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立派なお神輿。小藤田さんの知り合いが、本祭りは昔の災害訓練的なものなのでは、と仰ってたとのこと。地域の人々が結束し、ことに当る。女性は炊き出しを準備し・・・。
関東大震災からの話も少し伺った。
やはり、深川はどうったのだろうかとかいろいろ考えてしまうのだった。

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渋くて素敵な神田の家。

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しっかりしてて美しい、木造建築です。

さて、ここら辺で予定時刻も大幅に過ぎ、実際は到着した神田明神でも色々お話を伺ってたのですが、解散となりました。

解散後、神田明神の境内をぶらぶら。
お祭りに伴い、地方からの野菜の直送販売なども行われておりました。
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おお、坂東市だ!
母親と父方の祖母の出身が茨城県坂東市なのである。ちょっとご挨拶。
母と祖母の実家の鵠戸(クグイド)産のセルリーを勧められましたが、それでかいよー。猿島のトマト(Twitterで鹿島と書きましたが、パッケージみたらさしまでした。猿島だな)を頂きました。

他、石巻の鯨缶を買ったりしました。

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さて、またまたぶらぶら。
これは先ほど書いた、川を斜めに渡る、総武線の高架。
右側の川沿いの家々、昔から変わらない。

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左岸にはお洒落な高架下建築。テラス席、良いねぇ。夏は蚊が出そうなので、今ぐらいが良いかもです。
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表側はこう。
寄りたかったけれど、他にも行かねばならない場所があったのでこの日は諦めたのでした。

でも、秋葉原探検、楽しかったです!


さてさて、おまけ。

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風姫は普段はのんびりしてるか、寝てる写真しか撮らしてくれないのですが。
昨日も2Fのベッドルームに行ったら、すごくだら~っと寝てた。
それはそれで可愛いのでカメラを持ってきて構えていると・・・・・・、なんか外で音がしたのだよね。途端に起きて、キリッと外の方向を見た!それをパシャリ。
ちょっと普段よりキリッとした顔かもです。

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