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2015年5月

2015年5月21日 (木)

休日、おでかけ

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気候の良い5月、色々お出掛けした記録など。

5月17日
この日はデザフェス(デザインフェスタ)に行きました。
昨年の春も行ったのですが、また気になる作家さんも居るので休みを取って臨みました。

区画が区切られていて、お目当ての作家さんのブースがある区画を確認し、そこに向かう途中も展示を見ながら進みます。
その途中でまず気になったのがこちら、きりえやさんのブースでした。

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光と影の具合、懐かしい風景や色調、少し寂しげな雰囲気がどれも好みです。
沢山あったので迷って迷って、この6枚を選びました。

その後、今回のお目当てのまめプロさんのブースへ。
以前にネットでお見かけ、お弁当を担いでる猫が可愛くて可愛くて、欲しいよ~って思ってた。
でも、活動されている長野と関西、九州では扱っているお店があるそうなのですが、関東ではイベントじゃないと購入出来ない。
いつか長野に行った時にお店寄ろうと思っていたら今回デザフェスに出展されるようで、見に行きました。
そして、三毛が居る~と連れて帰ることに。
昨秋に川越であった狐宵祭に出展されてた狐面。狐宵祭の告知で着けてる画像があって「可愛い~」と思ってたら、今回伺った時に1つだけ残ってまして、そちらも一緒に購入。嬉しい。
ってことで、現在、狐面を着けたこの子がお家にいるのです。

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ふきことご対面。

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現在はうちのまねきさん達と暮らしております。

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その他の品々。
新聞猫さんのクリアケースはガチャガチャででる「ねこっぷち」という商品のブースがあって、販促で配っていたもの。
それ以外は購入。

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缶バッチは元々、フォロワーさん情報で可愛い猫のマステがあると見に行った作家さんのブースで見つけた作品。「フクロウだっ!」「ああ!ふきこだ!」とつい購入してしまいました。
缶バッジはつい見かけると買ってしまい、増やさないようにしたいと思っているのですが、ついつい手軽な価格なので買ってしまうのです。
それに、このバッジ、ふきこそのものだし(笑)

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それからこちらは高嶺の花で手に入れることは叶いませんが、美しい猫さん。
造形作家、樹山さんの作品です。
こちらは実物見たかったのだ。写真はないけれど、狐も素敵でした。

とりあえず他にも欲しい物など色々ありましたが、今回はこんな感じです。


5月17日
そして週が変わり5/17、昨日のお休みもお出掛け。
休日だが、まず会社のある東陽町へ。

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快晴で暑い位の日でしたが、平日の昼間の空いていて涼しい東西線にゴトゴト揺られるのはなんだか幸せです。

まず図書館で本を返し、その近くのホテルのレストランでランチ。

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会社とは逆方向になるので普段は来ることが出来ないランチバイキングをやっているお店です。
そんなに混んでおらず、ゆったり出来て好き。揚げ物はいまいちですが、パスタは結構いけるし、日替わりでちょっと手の込んだ料理なども出している。デザートまでしっかり頂きました。

さて、その後にもう1つのお目当て。

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竹中工務店東京本店1Fにあるギャラリーエークワッドにて『同潤会の16の試み―近代日本の新しい住まいへの模索』を見ました。

生まれ育った場所からすぐ側にあった清州通りアパートメント、学生の頃に遊びに行った原宿の近くの青山アパートメントなど、独特の雰囲気で記憶に残っている建物が同じ同潤会の物と知ったのはいつ頃だったのだろう。
同潤会の物以外にも生まれ育った深川には古くて雰囲気のある建物が沢山あり、いつの間にかずっと興味を魅かれる存在でした。でも、どんどんなくなっていってしまう。
確かに古い建物を維持するのは大変だとは思うけれど、やはりペカペカの新築マンションより、味がある建物に魅かれてしまうのです。
こうした展示で改めてこれらの建物のこと、在りし日の姿が見られたのは嬉しい。

清州通りアパートメントは大通りに面した角地に立てられており、正面丈夫には円形のテラス。ずっとずっと気になっていたこの中の様子が映像で見られたのも嬉しかった。

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100円で分けて頂けるリーフレットはフルカラーでぎっしりと情報が詰まったもの。これは宝物にしたいです。

さて、せっかく都内に出た休日。久しぶりに献血もしてきました。

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今回も特に問題なく400ccを献血したのですが。
どうも私は体質的にレギュラーのホットコーヒーを飲むとトイレがやたら近くなることがあるのです。
今回ランチでコーヒーを飲んだらこの状態になってしまい、さあ大変。
献血後は最低でも飲み物を2杯は飲んでいってくださいといわれたのだが。どうもこの状態の時ってとにかく水分が摂った側から出てしまうのである。身体にほとんど留まらない状態。まあ、献血してなきゃ問題ない。夏でも汗をいっきに400ccってことはないので、特に問題ないのだが。献血後のこれはきつかった。帰宅して少し横になったら、起きるのが辛いくらいだったし。
結局この日は夜までその状態が続き、就寝後も何度かトイレに起きた(喉は渇くので水分取ると、またすぐにトイレに行きたくなる)。
これ体質としかいいようがないのだろうけど、アイスコーヒーや紅茶、冷たい飲物、ビールを含めてほかの飲み物では起きず、ホットコーヒーのみ起きる現象なのだよな。しかも必ずでもないのだ。なんなんだろうなぁ。
しかも昨晩はそんな状態のうえに激しい雷雨が続いてなかなか寝付けない、寝ても起きちゃう状態だったし。今日がお休みでよかった。

そんなわけで本日はフラフラでしたが、とりあえず現在はトイレが近いこともなく、順調に水分を摂っております。
そうか、昨日みたいな時はスポーツドリンク飲むべきだったか?と今日になって思ったのだけど。
まあ、それでも楽しい休日でした。
とりあえず覚書として、献血前にはレギュラーコーヒーのホットは飲まない!と書いておきたいと思います。

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2015年5月14日 (木)

カーニバル

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カーニバル、謝肉祭の話題ではないです(笑)

車のスバルのCM、流れてくる曲がどうも聞いたことがある気がする。「「中納良恵/CARNIVAL」。曲名的には知らない。どこで聞いたのだろう。
で、調べてみた。インターネットってこういう時、本当に便利。
カーディガンズのカバーであった。洋楽は聴かないのだけど、カーディガンズ・・・あっ!

1999年当時派遣で働いていた会社、仕事中に音楽を流していいことになっており、ラジカセがあった。カセットテープ(これも懐かしい)を持ち込んでもいいことになってて、同僚が持ち込んだテープにカーディガンズのがあった(LPをコピーしたものかな)。その中の曲だ。
そうだったか!懐かしい。

今考えると、あの年がある意味、自分の人生が大きく転換した年だった気がする。

その前に働いていた会社で少しずつパソコンを使い出して、自分でも買ったのだった。でも、1998年に突然派遣の仕事を切られて、しかもその後にしばらく仕事が決まらなかった。あの時は短期のバイトすら見つからない状況。パソコンは買ったがインターネットに繋ぐ余裕などもなく。仕事決まったらインターネット繋ぐんだーって思ってた。
で、1998年の年末に決まったのが、先ほどの会社だったのである。
仕事決まったからインターネットに繋いでみた。当時よく売られていたパソコン雑誌の付録CDから無料ISP経由。
さて、多分繋がったのだけど、何しよう?(笑)
で、同じく付録CDに面白そうなソフトが入っていた。自分の部屋を作って、家具を配置したり出来るらしい。これが、そこで知り合った友達が沢山居る、ログハウスというチャットソフトとの出会い。
実はチャットする気はなかった。とりあえずお部屋作ってそっとアップすればいいかなって。
でも自分がログインしている時に訪問者が来ちゃうし(笑)
で、ログハウスで出会う人達、本当に良い人が多かったのです(とんでもないのも居るには居たが)。

さて、年末に決まった会社で1999年の年始から本格的に働き出して。
でもそれと並行してネット生活もズブズブ深みにはまっていく。仲の良い友達が沢山出来た。当時は常時接続なんてなかったのでテレホタイムに皆が入ってきて。時間が限られていたから、なおさらディープな付き合いになったのだと思う。
夜11時に入るの遅れると回線が重くなってなかなか繋がらなくなるし。
11時直前に入れる人は入ってて、ログハウスの中の誰かの部屋で話してる。
プログラマーやってる男の子が深夜に帰宅して入ってくると「おかえり~」ってみんなで迎る、それが連日だったり。ある意味家族みたいな状態。

毎日ギリギリの睡眠時間で、休み前ならテレホが終わる朝8時まで話したりとか、でも楽しいから眠いけど元気。オフも沢山やった。大阪から朝新幹線で帰って直接仕事行ったりもした。カーニバルみたいな日々だったなって今は思う。

ログハウスでお部屋増設するにはサーバーにページをアップする必要があって。当時ネットに居た詳しい人達はみんな初心者に優しいし、分かりやすいHP作ってくれてる人もいた。私はHPを作る知識とかFTPとか、基本的な考え方はそこで習った気がする。
その後、サポートセンターの職に就けたのも、ログハウスの為に色々勉強したおかげかも。また、長野に行ったのも、ネットで全国に友達が出来たし、距離は関係なく、どこに居てもみんなと連絡取れるし、大丈夫って思ったからだった。

1999年はとにかく楽しくて、でも手痛い失恋もして苦しい時期があったり、なんだかとにかく密度が濃い時間だった。
このブログを初めてからかなり長いのですが、更にそれより以前の話です。

人生のどこででも選択が違えば今の自分じゃないかもだけど、あの辺りで違ってたら、本当に全然別の場所に行っていた気がする。
そして、もうあんなに夜を徹してまで何かにあれだけの期間熱中出来ることはないかなぁ。もう身体も持たないしね。

そうそう、1999年に働いていた会社は携帯電話の開通を行うところでした。
その会社に居る時、会社経由で初めての携帯を購入しました。覚えやすくて良い番号を取っていただき、その番号は今も使っています。

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2015年5月 6日 (水)

お家を後にする

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先日に引き続き、またまた贅沢貧乏の公演、『ヘイセイ・アパートメント』を見てきました(前回のレポートはこちら)。
昨夏に引き続き、舞台となる一軒家を訪れるのは今回で4回目。是非とも昼間の回も見てみたいということで、今日の訪問となりました。

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この前もとても気になってたのですが、今回写真を撮らせて頂きました。
駅前に集合し、私たちはアパートの見学者ということで舞台となる一軒家に向かいます。

この一軒家を舞台に公演を行う「家プロジェクト」、昨夏の『タイセキ』とその後の『東京の下』とあり、今回の『ヘイセイ・アパートメント』は3作目となります。
私は『東京の下』は行けなかったので『タイセキ』のみとの比較となってしまいますが。『タイセキ』の時も駅前で集まり、地図を貰い、途中で町についての説明を受けたりと、行く道からが既にお芝居の中という感じでした。しかし、今回は既に集まった時から見学者という役割が振られている。よりすんなりと作品の世界へ入り込む感じ。まさに集合した時点から始まっているのです。
そう考えると、駅から10分ほど歩くプロローグもお芝居の大事な一場面かもしれないと思ったりします。

昼間、しかも休日の今日は歩いている人も多く、夜とはまた違った雰囲気でした。いつも渡ってた運河、こんなにまっすぐ先まで伸びてるのかとか、遊歩道があるとか、古い家並みの路地の向こうにそびえるマンションがくっきり見えたりとか、夜には全然気付かなかった部分に気付いて面白い。

既に馴染みになったお家にたどり着き、グループに分かれてお部屋を見学。前回とは違う順番だったのですが、話される内容は前回と違うのだ。まだ体験していない順の時はどんなだろうと気になったりする。
そして、見学者だった私たちはいつの間にかまた空気みたいな存在になって、住人のやり取りを覗き見るのです。
ここに住まう彼女達がリアルで、自分は家を漂う浮遊霊みたいな感覚。やはりこの夢の中を彷徨ってるみたいな感覚、楽しい。

現在公演は全回ソールドアウトとなっており、キャンセル待ちも出てるそう。そして舞台のお家はこの公演が終わったら取り壊されてしまう。なのでこれが私にとっては最後の訪問となる。
感想を沢山書いて手渡し挨拶したらちょっとウルッとしてしまう。
もう来ることないんだなぁ。

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外に出て、お家を撮影。

普通の劇場で公開される演劇はカーテンコールの後に明るくなって周りがざわついて、そこでスッキリ現実に戻って帰宅するわけだけど。このお家での公演の場合はなんか終わってもしばらくお芝居の雰囲気を引きずる感覚がある。
終わって外に出ると少し寂しい感じとか。

これまでの回はいつも西大島方面には戻らず、逆方向に歩いてから大通りに出てバスで東陽町に戻ってました。東陽町は会社最寄駅で、ここでやっと現実に戻ってくるような感じ。

でも今回は終わってもまだ明るい夕方。今日は西大島までブラブラ歩くことにする。
前にも書いた通り、よく知っているけれど昔とは違う風景。
よくSFとかの定石、異世界へ入り込んだ人は行きと同じルートを通ることで戻ったりする。もしかすると、実は最初に家を訪問して以来、ずっと私が居たのは異世界だったのかもよ?月が2つあったりはしなかったけれど・・・。とか空想の世界で遊びながらぶらぶら歩く。

無事戻ったお祝い。実は30年以上も前にもあったレストラン。気になってて、でも学生の身分では入りにくい感じで。
まだあったのが嬉しくて、そこでご飯を食べてきました。

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あの頃ちょっとお洒落だと思っていたレストランは、昭和の洋食屋さんて感じ。
そうか、あの頃はまだ昭和だったもんなぁ(笑)

こうしてあのお家を後にして帰還した私ですが。
もしかしたら、あのお家はどこかの異世界で生きているかもしれない。あそこに住んでいる彼女たちと共に。だって彼女たちは2017年はまだ生まれる前だって言っていたし。
とにかく私はもうあそこにはいけないけれど(多分ね)。でもあの家での不思議な夢のような時間は、ずっと思い出として胸に残っているよ。

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